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きらめく甲虫
きらめく甲虫

posted with amazlet at 15.07.10
丸山 宗利
幻冬舎
売り上げランキング: 108

趣味でイベントやツアーなどの昆虫活動をしているので、「特にどんな虫が好きなんですか?」とよく訊かれる。奇妙な生態を持つ虫も好きだが、きれいな虫も大好きだ。奈良公園で鹿のフンを食べている青く輝く糞虫・ルリセンチコガネも丸っこくてかわいいし、ヤマトタマムシは虫の本を書くにあたってどうしても見たいあこがれの虫だった。

昆虫はすごい (光文社新書)
丸山 宗利
光文社 (2014-08-07)
売り上げランキング: 3,687

数年前から展示などでお世話になっている九州大学総合研究博物館の昆虫分類学者・丸山宗利さんが、昆虫カテゴリーにとどまらず一般書のランキングにのぼるほど売れた新書『昆虫はすごい』に続いて、またしてもベストセラーの気配がある本を出した。それが『きらめく甲虫』である。著者献本ありがとうございました!
体重と同じ重さの金より高価で取引される、南米の雨霧林のプラチナコガネ。マダガスカルの銀河を体現したようなニシキカワリタマムシ。鳥でさえ食べようとしない固く黒い体に、細かい螺鈿の粒をひとつひとつ置いたようなフィリピンのカタゾウムシ。
これら金属光沢を持つ虫の美しさは、本来自然光の中で遺憾なく発揮されるものだ。この本では深度合成法*1をベースにした偏執的なライティングの技法で昆虫標本を撮影しており、ギンギラギンの虫たち約200種の輝きに思う存分酔いしれることができる。専門性に流れすぎない、しかし昆虫研究者ならではのキャプションもいちいちキマっている。

世界一うつくしい昆虫図鑑
クリストファー・マーレー
宝島社
売り上げランキング: 9,960

美麗な虫たちの写真集といえば、『世界一うつくしい昆虫図鑑』を思い出す人も多いかもしれない。
実は丸山先生はこの写真集が日本で発売されたとき、ツイッターで若干の苦言を呈していた。オブジェとしての美しさも、もちろん昆虫標本の価値のひとつだ。虫好きでない人にも昆虫の造形の美しさを広める本としては価値がある、しかし昆虫標本の脚や触角を一部もいで撮影されているものがあるのはいただけない…というような内容だったと思う。
昆虫に限らず、標本というのは「眺めて楽しむ」以上に学術資料としての価値がある。採集地や採集者のラベルがついていない標本は、どんなにきれいでも学術資料としては無価値だ。虎は死して皮を残すというが、研究者は死して論文か標本を残す。それが自分が死んだあとも他の誰かにレファレンスされ、人類が積みあげる知識の山を支える石のひとつになる。まあ学術の話は仮に置いておくとしてですよ、純粋に美的センスの話のみに集中したとしてもですよ、「この構図だと脚や触角がないほうがきれいだからちょっともいじゃうね~」みたいなのはやっぱり同意できないですよ!脚や触角のあの繊細きわまりない構造に生命が宿って動いてたってのがいいんじゃんか!繊細すぎてタマムシとかオサムシとかの標本の後脚のふ節、なんですぐもげてしまうん…もぐつもりなくてもすぐもげてしまうん…。
話がおおいにそれたが、丸山先生は昆虫研究者として、文句を言うだけでなく「本当の昆虫のうつくしさっちゅうのはな、ワイに言わせるとコレなんじゃあッ」と著作で示してきているのがこの本なんだとわたしは理解している。なんて健全な反論なんだ!
丸山先生のもともとの研究対象は、アリと共生関係を結ぶ好蟻性昆虫や、ハネカクシという甲虫である。1センチあれば超大きい虫という世界だし、ハネカクシなんてきらめくどころか前翅がすごく小さくておなかのハラマキみたいなところがほぼ見えちゃってるみたいな虫だ。先生はおそらく、きらめく虫をおとりにしてあまたの一般人を昆虫界に引きこみ、最終的には「虫って最初は苦手って思ってたけど、ハケゲアリノスハネカクシの腹毛ってすっごくセクシーだよね!」とか言わせようとしているんだと思う。恐ろしい恐ろしい。

アリの巣の生きもの図鑑
丸山 宗利 工藤 誠也 島田 拓 木野村 恭一 小松 貴
東海大学出版会
売り上げランキング: 249,130

好蟻性生物ってなにそれおいしいの?と興味をもった人には、丸山さんらが編んだ渾身の図鑑『アリの巣の生きもの図鑑』がおすすめ。

世界のタマムシ大図鑑 (月刊むし・昆虫大図鑑シリーズ 4)
秋山 黄葉 大桃 定洋
むし社
売り上げランキング: 2,247,152

タマムシにガチでハマりそう、という方には、むし社の『日本のタマムシ大図鑑』もおすすめ。主編纂者であるタマムシの大家・大桃先生は、『きらめく甲虫』の協力者としても名を連ねておられます。タマムシといってもヤマトタマムシやエゾアオタマムシなどの大型美麗種から、ケシツブくらい小さくて家に出たらヒメマルカツオブシムシと間違えてつぶしちゃいそうなタマムシもいっぱいいることがわかってすごく愛おしい。

そこで…昆虫標本を…爆買いする女………( ´ཀ‘)

メレ山メレ子さん(@merec0)が投稿した写真 –


最近サブでお買い物ブログをはじめて、きらめく昆虫標本を爆買いしてしまったばかりなので、よかったらこちらの記事もどうぞ。↓mereco-butsuyoku.hatenadiary.com

(2015.07.12追記)丸山先生ご自身による、『きらめく昆虫』制作秘話がアップされています。↓dantyutei.hatenablog.com

*1:対象の部位ごとにピントを当てて撮影した写真を何枚も合成し、すべてにピントが合った写真を作りだすこと

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虫とツーショット—自撮りにチャレンジ! 虫といっしょ
森上 信夫
文一総合出版
売り上げランキング: 445,620

著者の森上信夫さん、献本ありがとうございます!
本が売れない時代である。昔は出版社が「節税のために」めくるにも一苦労の巨大で豪華な昆虫図鑑を作り、執筆陣はガッポガッポと印税をもらったなどという夢のようなエピソードもあったそうだが、今や虫の図鑑や昆虫写真集の編纂はほとんど手弁当に近い状態で行われ、一般向けでも初版も3千部くらいあればまあいいほうだ。出版社の人も「虫…虫ねえ…」と首をひねることが多く、企画はなかなか通らない。
そんな中で、挑戦的とかそんな生易しい言葉では語れないなんかすごい本が出てきた!というのが正直な感想。内容はもうタイトルのとおりで何も説明を加える必要はない。めくってもめくってもおっさん(森上さんすみません)の自撮りwith昆虫。
ミヤマクワガタの交尾をジャマして「もうあっち行ってよ!」と言われるおっさん。
洗面所にあらわれたアシダカグモと自撮りするおっさん。
夜の公園でセミの羽化を応援するおっさん。

この本を見せた人に「この出版社は自費出版系なの?(ふつうの出版社でこの企画が通るのか的な意味で)」と訊かれたが、文一総合出版はれっきとした自然科学系出版社で『イモムシハンドブック』などのフィールドに持ち出しやすいハンドブックシリーズは商業的にも成功しているようだし、季刊誌『このは』も自然に対する視点がつまったいい雑誌だ。森上さんだってアニマ賞を受賞したれっきとした昆虫写真家で、写真絵本『オオカマキリ』などのちゃんとした(すみません)本をたくさん出されている。

虫のくる宿 (アリス館写真絵本シリーズ)
森上 信夫
アリス館
売り上げランキング: 549,997

輝かしい著書歴の中で、今回の本への系譜をなんとなく感じるのはアリス館から出版している『虫のくる宿』。虫好きでない人間にとってはホラージャンルに属するタイトルと表紙。山中の旅館に泊まって、灯りに惹かれてやってくる虫たちをこれでもかと撮影した絵本だ。
『虫とツーショット』のカバーの袖には、こう書いてある。

2013年の秋、「selfie」(セルフィー・自撮り)という言葉が、その年の、英語版"流行語大賞"に選ばれました。
「自撮りブーム」は、その後もどんどん広がり、今や、世界的な現象になったと言えるでしょう。

思わず「流行と自信マンマンに絡めてくんのやめろしーーーー!!!!!」と叫んでしまうが、躍動する昆虫写真家と昆虫そのものの生命力があいまって、なんとなくめっちゃ楽しそうな本に仕上がっているのがすごいところだ。というかだいぶくやしい。わたしだって旅日記を書いていた昔から、昆虫やカメをわしづかみにしてツーショットしてきたのに…ッ!
自撮りに使う機材や方法を紹介するページはあるが、一眼レフにシャッターリモコンは子供にはちょっと敷居が高い。森上さんに続いて自撮りを敢行してくれる老若男女はどれくらいいるだろうか。読者層がまったく読めない感のある本だが、とにかくたくさん売れてほしい。こんな本が出ること自体が出版界にとって明るいニュースだと思うし、人目を気にせず楽しそうにしてる老若男女が世の中にあふれることで世界がどれだけよくなるか知れない。