メレ子

ここは場末のネットカフェ。終電を逃した若者が酔いつぶれ、オンラインゲームホリック達が個室に立てこもる平日の遅番はバイト達のくつろぎタイムである。
「メレさん、この前女の子たちで中華食べに行ったらしいじゃないですか。いいなー」
今夜の遅番相棒、ホリ(大学三年生)が客の忘れたカードのポイントでじゃがりこを精算しつつ話しかけてきた。メレ子は連絡ノートに目を落としたまま答える。
「いや、それがミカちゃんが『お店はどこでもいいから適当に決めて』っていうからね。三千円くらいの中華を予約したわけですよ。そしたら席に着くなり『あたし辛いのムリー』って叫ぶわ、エビチリの上のネギを鼻にしわを寄せてひとつひとつ除けるわ、『最後はご飯もので締めたいよね』って言うんで『腸詰チャーハンはどう?』って言ったら『えぇ〜…腸詰って…内臓って感じ?』ですよ。『腸詰ってソーセージのことだよ!ミカちゃんソーセージ嫌いなの?っていうか何その内臓忌避!』って言っても『ん〜〜』って、もうあの女とはメシは食えませんね…」
「そ、それは災難でしたね…」
しばらく沈黙が続いた。
「じゃあホリ君、わたし暇だしちょっと漫画でもとってk」
「あー、暇だなあ。メレさんなんか面白い話ありませんか?」
(なんという最低な無茶振り…!)メレ子は背筋を冷たい汗がつたうのを感じた。ホリは無邪気な顔でお菓子をむさぼっている。
「人間、引き出しが必要ッスよぉ。なんか一つくらい探せばあるもんでしょ、面白い話〜」
煽られている…メレ子は意を決して顔を上げた。
「じゃあ、わたしの友達の話でいいですかね…

彼はコンビニでバイトしていたんですが、万引きにはやっぱりどこの店も悩まされていて、特に万引きが多いの何かわかります?コンドームです。色気付きはじめた青少年が度胸試しと称して盗んでくらしいんですけど、笑えますよね。コンドームをレジに出せないハチドリサイズのハートで何が度胸試しかと。
まあ、それで盗まれっ放しにもできないので、苦肉の策でタバコなんかといっしょにレジの後ろの棚に置いて、訊かれたら取って売るということにしたんです。買う方にしてみればちょっとハードル高いですけど。
で、ある晩におとなしそうな女性が来て『あの…ここは…コンドームって…置いてないんですか?』って恥ずかしそうに訊くんですって。バイトの彼としては不意をつかれたというか、羞恥心が伝染したというか、要するにテンパってしまった。他にいくらでも言いようはあったと思うんですけど、『あ、はい、置いてます!どれをお取りしましょうか?』って言っちゃったんですよね。そうしたら彼女ももうすごくテンパっちゃって、しばらく真っ赤になってて。気まずすぎる、かつ長すぎる沈黙が続いて。それで最終的にこう言ったわけですよ。

『ち、小さいのでいいんです…!』

…」

「…あ、終りですか?」
「おわりです!」
「あぁ…」
「つまらないですか!いちばん自信あった話なんですが!」
「あ、いや…なんかその、彼氏の立場を考えると複雑ッスよね…」
「もうなんか色々しょっぱくてたまらんっていうか、思い出すたびに人間愛が胸にあふれ大好きな話なんですけど…ホリ君はあまり楽しめなかったみたいですね」
「いや、ちょっと笑いどころを逃しただけで!面白かったですよ!ふぅ…なるほどね…」
メレ子は失望を隠せなかったが、すぐに体勢を立て直し反撃に転じた。
「じゃあ次は引き出しの豊富なホリ君が面白い話をする番ですよね。楽しみでたまりませんよ」
「えっ、俺ですか?」
「ハァ?あんだけ煽っておいて自分は持ち合わせがないとでも?こりゃあびっくりだ」
「…分かりましたよ!言っときますけど、かなり面白いですよ…覚悟しててくださいね

俺の友達がツレと歩いてたら、障害者の人がいたんですよ。そしたらツレが真似をしだしたんです。やめろって言っても、ツレは馬鹿なもんでやめないんです。そしたらすごいコワモテの人がやって来て、『お前なんてことやってんだ!今すぐやめろ!』って言って障害者の人のほうを殴った

…」
「…」
「あれ?メレ子さんはもうしょうがないなー。ここが笑うところですよ」
「何年前からある小話だと思ってるんですか…」
「え!?」
「いやいいよ。もういい。お前のアンテナの低さはもう分かったよ。清掃に行って来ます」
メレ子は肩を落としてトイレに向かった。自分はこの闘いに勝ったのか負けたのか。それは分からないが、非常に不毛な時間を過ごしたことは確かだ。そしてもう一つ確かなのは、「なんか面白い話しろ」という振りだけはしてはいけないということだ。

メレ子

メレ山メレ子、マクドナルドで「ハッピーセットのナゲットセット、おもちゃ抜きで!」と注文するのが好きな童心ブロガー。しかし過去に一度「ハッピーセットのナゲットセット、ハッピー抜きで!…今のなしで!」と言ってしまったことがあるため、その発音は無駄に注意深くなり、清潔に髪をまとめた店員の曖昧な微笑を誘った。
駅前の人込みを見下ろす窓際の丸スツールに腰かけ、首尾よく手に入れたナゲットを頬張る。食欲を満たすかたわら、ドナル度チェック―トレイの敷紙に印刷されていて、ドナルドの対外的活動をアピールしつつ■趣味がいっぱいある■スポーツが好き■友達が多いなどの項目チェック数に応じてドナル度すなわちコミュニケーション能力値を計ってくれる―に興じるのも大きな楽しみのひとつだ。というのは嘘で、はてなモバイルを激しくリロードしては「週末一日サーバメンテナンスした後の方が重いって!うんこ!運営のうんこ!」と模範的なはてなダイアラー的行動をトレースする。
エラーを返すばかりの携帯に見切りをつけたところで、先からいた右手の男女の会話が耳に入ってきた。男は「マリちゃんもタクも来れなくなっちゃったみたいだしさ、どっか行く?どろろどろろ見たくね?カラオケでもいいしさー。それとも水族館とか行っちゃう?」と女をしきりに誘っているが、女は物憂げに生返事をするばかり。次第に男は焦れて、おそらくは次の遊び場で切り出すつもりであったろう繊細な話題に切り込みはじめた。
「お前はさー、俺のこと好きか嫌いかで言ったらどう?好き?オア、嫌い?」
席が近すぎて二人の様子に目をやることははばかられたが、メレ子は視覚以外のすべての感覚を横に集中させた。他意はない。風車に挑むドン?キホーテに、数世紀の時をこえて人は魅力を感じるのだ!そして、この時はじめて女も、男に正面に向き直る気配があった。
「嫌い」
メレ子は、身震いを抑えながら、オレンジジュースのストローを噛み締めた。精神感応者ならざる彼女にも、女の忍耐の緒がいくつかの繊維に分かれてぷちぷち弾ける音が聞こえるようだ。だがキホーテは怯まなかった。
「えー(笑)嫌いとかちょう傷つくし!じゃーあー、好きか普通かで言ったらどっ」「き ら い」
ズズー
おとずれた沈黙に耐えきれず啜ったストローが空気とジュースを撹拌して大きな音を立ててしまう。呼応してビクッとするメレ子。横の男女の視線を右頬に突き立てながら、目を不自然に見開いて三越前のライオンを庇護を乞わんばかり見つめながら、メレ子は思った。「この男の人はハッピー抜きのハッピーセットを頼んだんだわ…」

メレ子

忘年会を終えて、メレ子はホームにすべり込んできた若草色のラインの環状線に乗り込んだ。先ほどとはうってかわり、むっとする暖気が体を包む。パーソナル・スペースは5メートルと主張して憚らないディスコミュニケーター・メレ子にとって、年の瀬の終電は苦痛以外の何者でもない。車両の中ほどに大人しく押し込まれつり革に取りつく。30分ほどの乗車時間をどう過ごすか?身体をねじってバッグから文庫本を取り出すのも気が引ける。そもそも「話がつまらない男に尿意を覚える」をパブリックなスペースで読むのもためらわれる。車内の液晶モニタで「ドン・シボリオーネの英語でシャベリオーネ」でも見て見識を深めることにしよう。顔を上げたメレ子の眼に、異なものが飛び込んできた。
壁側に一列に並んだ座席シートの途切れるドア脇の狭いスペース、よくラッシュ時に乗降客をやり過ごそうと身を潜める人がいる場所に、座席シートの横仕切りにもたれかかるようにして若い男が立っている。といっても仕切り自体は男の腰より少し上の高さしかなく、彼の胸から上はいきおい端の座席シート上空を侵犯している恰好だ。実際に端の席には暗緑色のよれたブルゾンを着たおっさんが、ちらちらと男を迷惑そうに見上げつつ座っている。学生らしい男は大きめのスポーツバッグを網棚に載せ、力強く船を漕いでいるのだった。身体をどこかにもたせて眠るにももう少し迷惑にならないやり方がいくらでもあるはずだが、なかば意識が彼岸に渡っているらしい。そのことは間もなく最悪の形で証明されはじめた。だらしなく開いた彼の口のはたに、白く光るものがある。おっさんの領空を侵犯しているアレは何?鳥か、飛行機か、アダムスキー型UFOか。矢追純一ばりに息をつめるメレ子。考えたくはないが、アレは…YO・DA・RE…!!!
おっさんはいよいよ不安そうに何度となく上半身をひねって若者を見上げながら、ずりずりと前に腰をずらしている。いよいよヨドン一号は垂れ下がり、いつ着弾してもおかしくない。メレ子の横のカップルも「ねえアレ、アレだよアレ」とささやきはじめ、車内はざわ…ざわ…と異様な熱気をおびてきているのだった。緊迫したまま10分ほどが過ぎる中、メレ子は焦燥感に駆られながら若者の半生を、電車内で酔いつぶれ粘度の高い液体を分泌するに至るまでの半生を狂おしく想像する。人によだれを垂らせとて、22までを育てしや…彼が大学に入学してテニスサークルで今まで歩んできた道程(失恋二回)をたどり終えた辺りで電車がおっさんの降車駅に着いた。そそくさと降りるおっさんの背中にはあきらかに安堵が滲んでいる。しかしメレ子の焦燥に終わりはこない。新たに乗り込んできた営業系とおぼしき中肉中背のサラリーマンが、よだれに気付くことなく、特別席についてしまったのだ。若者はいよいよぐったりと目覚める気配なく、電車の動きにあわせてよだれ糸が細かく震えている。カップルの男は女の視界を遮るように胸に引き寄せ、緊張に耐えかねて我知らず爪をギリギリ噛みだすメレ子…あーもうダメ、ダメだ、ダメだー

ぽとり

サラリーマンの濃紺のスーツについに架橋されてしまった。フーっと妙な開放感が車内を覆う。何も知らずに視線を宙にさまよわせるサラリーマン…そのまま若者は透明なよだれをズルズルと伝い降り、粘液にとらえられたサラリーマンをゆっくりと捕食しはじめた。これが大自然の理とはいえ、正視にたえない光景である。「温暖化って嫌あね」カップルの女が男の胸に顔をうずめたままささやいている。
サラリーマンが半分ほど消化されたのを見届けてメレ子は電車を降りた。サラ金のネオン看板に照らされて紅く染まったホームには駅員がひとり佇んでいる。メレ子は、自動販売機に硬貨を押し込んだ。両手に缶コーヒーを包んで一人ごちた。「まったく唾棄すべき出来事だ」
「誰がうまいこと言えと」駅員がすれちがいざまに囁いた。

はてな,メレ子

ブース清掃を終え戻ると、牧さんが「メレさん、今日で上がりだっけ?」と訊いて来た。
「お世話になりました」
「最近皆やめてくね…俺も早くやめたいわ」
「牧さん一番入ってますものね」
「あ、メレさん!最後にいいもの見せてあげようか!」
「お粗末な男性自身とかはやめてくださいね。目が腐れます」
「キツすぎるツッコミが聞けなくなるの寂しいネ!ちょっとそれ貸して」
牧さんはメレ子の手から消毒用のアルコールが入った霧吹きを奪い、客の忘れ物のライターをかざしてプッシュした。
「わー」水で薄めているとはいえ、軽く30センチは火柱が上がる。
「コレすごいべ?」
「それをレジでやる頭がすごいです。店長、防犯カメラ見てるって言ってたじゃないですか。牧さんクビですよ」
「いいんだってー。知ってる?君が来る前に店長がセクハラして女子が辞めまくって、もう募集かける余裕ないの。懲りて今は大人しいけど。俺がクビになったら店回らないしね…アハハウフフ」
最古参である彼の目に狂気が浮かぶ。清々しい気持ちで去れそうだ。深夜の漫画喫茶は勤務は楽なのだが、どうやら人の気力を削ぎ落とす空気が澱んでいるらしい。薄暗い蛍光灯、毎晩来て散らかし放題のホームレス、ブースで吐く酔っ払い、小銭を投げ出すキャバ嬢…。
その時エレベーターが開いて、「おはようございます」とこれまたバイトの鍋山君が入って来た。日付が変わる頃合でもここではおはようございます。すかさず牧さんが鍋山君をエレベーター前に引き戻し、火柱ショーを再演。そこには管理ビルの防犯カメラが付いていたはずだ。ゴミ箱のしまい方ひとつで怒鳴りこんで来る管理人の老女がこれを見たら憤死するのでは?本当に去ることに喜びしか感じない。
鍋山君と交替に牧さんは帰る。シャワー室を拭い、灰皿を洗って来ると鍋山君が
「メレちゃん今日で終りなの?」
「やっぱり遅番は体調狂っちゃうんで」
「勉強とか忙しいの?」
「そうですねー」
「まあ、メレちゃんは俺よりいい学校だしね。若い女の子だからチヤホヤされて、学校も現役で入って、正直挫折ってものを知らないでしょ?だからバイトも辞めちゃうんだよね。そうでしょう?そのまま行くと人の痛みとか分からない人間になっちゃうよ。ちょっと書くもの貸して」
ほぼシフトが重ならず、今日で会うのは二回目の鍋山(敬称略)のいきなりの饒舌さに唖然とするメレ子。痛みに鈍感なのは鍋(山略)ではないのか?ここで言い返すのは簡単だが、とりあえず黙ってレシート用紙をフィードし、ペンと共に渡す。鍋は、満足げに頷いて何か書き始めた。手元を覗きこむと

N.H.クラインバウム
いまを生

「『いまを生きる』ですか」
「ヒッ…よ、読んだことあるの?ああそう…すごくいい本だからね、教科書には載ってない大事なことが書いてあるから…」

いまを生きる [DVD]

いまを生きる [DVD]

顔をゆがめる鍋。しかし紙片を捨てず、また何か書いて突き出してきた。数字とアルファベットの羅列…
「まあ俺も君より長く生きてるから色々アドバイスもあるからね、相談したいことも出来るだろうから連絡してくるといいよ」
メレ子は紙を受け取って眺めた。
「本おすすめしていただいてありがとうございます!わたしも読んでいただきたい本があるんですよ。でも市販されてなくてお送りしたいので、出来れば携帯でなくて住所を…」

一ヶ月後、メレ子から連絡がないまま鍋山のもとに小包が届いた。青地に風車のデザインの小さな文庫本。一頁目には“メレンゲが腐るほど恋したい”…?栞の挟まった箇所を開く。

2006-12-12
■いまを生きる男
ブースの清掃を終えて戻ってくると、牧さんが「メレさん、今日で上がりでしたっけ?」と声を

これは日記だ!メレ子が日記を送ってきた…なんと手のこんだ愛の告白か。俺に気があると睨んではいたが、「いまを生きる」を薦めた時、あの生意気な女は雷に打たれたように恋に落ちてしまったのだ。仕様がない。その瞬間の彼女の心を読んでやるのが俺のつとめだ。

鍋山の連絡先の記された紙片を手にわたしはただ呆気にとられた。劣等感と性欲を同時に、(自己の中で矛盾なく羞恥もなく)表出することが出来る彼はなんと器用な生物だろう。学会に報告したい。

「あれ?」
彼の手は震えはじめた。本文はここで終って、最後に短いURLが表記してあるだけだ。飛び付くようにノートパソコンを開き、目にも止まらぬ早さで打ち込む。

http://d.hatena.ne.jp/mereco

しかし時遅し、全ての記事は引き上げられていた。ただ残された一文が彼の目を射る。恥辱に震えともすれば裏返りかける声で、鍋山は読み上げた。

はてなダイアリーブック欲しい!

はてな,メレ子

夜更けにアパートのドアをたしたしと叩く音がします。放っておくとがりがりという音に変わってきたので、あわててドアを開けました。廊下を蛍光灯がさむざむしく照らすばかり、と思ったら「メレさんこんばんはあ」足下に黒猫がつるりとすべりこんできます。
「なんだヒジキか」
「朝夜はだいぶ冷え込んでまいりましたでしょ。そこで今日はひとつお願いにあがったんですけどねえ」
「ここで飼えとか新聞取れとか言うんじゃないだろうね。うちはペット禁止だしノンポリだよ。まあ言ってみな」
「メレさんは派手なワイナリーっての、やっておいででしょ?」
はてなダイアリーね」
「そうそう嘉手納スタンプラリー。そこで『はてなパーカー欲しい!』って叫ぶとパーカーがもらえるって、集会で聞いたんですよう。でもわたし猫だから会長*1がこわくて、メレさんに代わりにいただいてきてほしくて」
「猫がパーカー着るんかい」
「着ませんけどねえ、あったかくて重宝するじゃないですかあごろごろ。LLサイズならごろうちの宿六とごろごろ子供たちとごろみんなごろ入ってご冬ろ越せるでしょごろ。たすかりますごろ」
ごろごろ言いながらこちらの膝を前足でもんできます。こうなったらテコでも動かない。
「わかったわかった。頼んでおいてあげるよ」
「ありがとうございます。では夜分に失礼しましたあ」
猫はしなしなと体をすりつけてから帰っていきました。

朝、寝不足気味で洗濯物を干そうとベランダに出ると、スズメが2羽手すりにとまっています。
「タレ(♂)とシオ(♀)、おはよう」
「おはようメレさん。あのね、僕らお願いがありまして」
「私たちの結婚祝いね、まだ決まってなかったらパーカーでいただけないかしら。小鳥のチロタンからステキなパーカーがもらえるって聞いたものだから」
コウビ上等の鳥畜生が結婚祝いとは図々しい。などと口に出したら洗濯物を毎日フンまみれにされかねません。
「悪いけど猫に頼まれてしまったよ。それにお前らはパーカーなんていらないだろうに」
「いえ、フードだけでいいんです。それだけあれば僕らの愛の巣には充分ですからね」
「巣とYシャツと私、愛するアナタのため、毎日磨いていたいから!はてなパーカー欲しい!
こちらは洗濯物を人質に取られている身ですから拒否権がありません。

部屋に戻ると、冷蔵庫のかげから遠慮がちに茶色い触角が揺れて「はてなパーカー欲s」みなまで言わせずキンチョールを噴射しました。死ね。氏ねじゃなくて死ね。

「ほんとに困ってるんですよ先生…テントウ虫も『集団越冬にはてなパーカー欲しい!』って言って来るし…ゴキブリなら死ねばいいけど、テントウ虫はなんか無下にできなくって…」診察室で空を見据えながらぶつぶつこぼす女に、医師は笑みで続きを促した。
なぜこの患者が「すべての動物が自分にパーカーをねだってくる」という妄想にとらわれたのかはまだ不明だが、カウンセリングと投薬で根気よく治療していくしかないだろう。
近藤医師は目立たないようにひとつ息をついて、彼女のカルテに
はてなパーカー欲しい!
と書きなぐった。

*1:しなもん会長、結石お大事に…

メレ子

今メレ子は『ふたりエッチ』を読み耽っている。ひたすら『ふたりエッチ』を読みつづける。すでに膝の横には読破された12巻がそびえ、「メレ子の上を通り過ぎて行った本達ですわ…」といった風情を醸しだしている。

正直苦痛だ。交尾中の男が終始半笑いっぽいのが特につらい。ページをめくりつつもさまよい出す思考…ホワンホワンホワ〜ン

(読むエロに必要なのはテクよりもシチュエーションじゃん?主人公の二人が新婚夫婦という時点で背徳感とか障害とか、そういうスパイスは排除されまくりな訳で…この漫画はエロトリビアに特化してるので文句をつけるのは筋違いとはいえ、やはりストーリーのあるエロが読みたい。

たとえば母の遺志を継いで後宮に上がった娘が側室たちの抗争を潜り抜け正室に成り上がるまでを描く『チャングムの痴態』。対立派官宦の指と舌を駆使した超絶技巧に墜ちる女官…とか…!

または大学オケで繰り広げられるサークルクラッシュストーリー『のだめ姦タービレ』。楽器の技巧と女の扱いをリンクさせることでキャラクターに個性が生まれる。見所は舞台での遠隔操作による強制絶頂。これはSODに企画書送らないけませんわ…!)

思わず綻んだ口許を見逃さない男がいた。「わ〜メレちゃん、ふたりエッチ読みながらニヤけてる、やらしーい」「つーか、読みすぎだろ!さっきから!」「宅飲みで漫画読むなよ〜」そう、ここは友人の部屋。中央のテーブルでは鍋をつつき終えた男達が、不毛な議論を繰り広げている。メレ子はそばで眠ってしまった家主の女の子に目を落とし、ふくらはぎを隠すように上着をかけ直した。

「なあ、メレ子どう思う?」「何を?」「“頭がいい”って本当はどういうことかなあ」舌打ちしないだけ自分は丸くなったと思うメレ子であった。こういう議論を避けるあまりの『ふたりエッチ』だったのは誰も知らない。「皆さんよろしいんじゃないですか?偏差値も高いし」「違うよーそういうさあ、試験とか数字に出ない頭のよさ」「記憶力だけとか言われたくねぇよな」「お前とかさ、いかにも頭の回転早くね?」「いやいやいや、お前もこないだのグループディスカッションよかったわー」

ギラギラした格付け合いが気持ち悪い。やっぱり終電で帰ればよかった…しかしこのアパートは駅から離れていて道順に自信がなく、一緒に帰る人を逸したことが悔やまれる。

ひとり暮らしの部屋で昨日初めて目にした黒い小さな影が、メレ子の帰りを遅らせたのだった。でもゴキブリは議論のための議論も安い武勇伝もしない。

「寝てる女の子には毛布をかけてやるのが本当の頭のよさっしょ…」「メレなんか言った?」「ううん」メレ子は家主に断りなく布団を探し出し(クレヨンの箱のにおいがする)、眠っている女の子にかける。クレヨンの夢を見るかもしれないが、風邪を引くよりはましだろう。

メレ子はため息をついて、『ふたりエッチ』14巻を手に取った。長い夜になりそうだ。ただ一つの救いは、『ふたりエッチ』は32巻まであるという事実である。

ふたりエッチ 32 (ジェッツコミックス)

ふたりエッチ 32 (ジェッツコミックス)

メレ子

今日の講師は「最近一番うれしかったことは近所にshop99ができたことです」という庶民派料理研究家、メレ子先生です。

1.鍋に油をひいて肉を炒めます。 彼氏がなにか手伝おうと後ろでうろちょろしています。付き合いたてのほほえましい光景ですね。

2.肉に火が通ったら、たまねぎ、にんじん、じゃがいもを順番に炒めます。糸こんにゃくを入れないなんて信じられない!と彼氏が騒いでいます。無視してじゃがいもを投入。彼氏が「じゃがいもの角をとってから入れないと煮崩れちゃうよ」といっぱしの口をきくのでだんだんむかついてきます。じゃあアンタが作ればいいじゃん…。

3.油がなじんだらだしを加え、アクをていねいに取り除いている間にも、彼氏はぶつぶつ言っています。「うちではいつもこうなのに…」の一言であなたの心にも苦いものがわいてきます。 死ぬまでお母さんの料理食いよったらいいやん!

4.口論はどんどん強火になっていますが鍋を弱火にして砂糖、酒、みりんを加えます。

5.5分ほどしたらしょうゆを加え、野菜が柔らかくなるまでゆっくりと煮ます。すこし反省したようすの彼氏にも言い含められ、慈愛の心がよみがえってきます。久しぶりに会って手料理をごちそうするのにケンカはいけませんね。面取りのことでけんかしてしまいましたが、夜は乱取りになるかもしれません。

6.味が浸み込んだら、器にとって湯がいた絹さやを散らします。緑が映えておいしそうですね。

7.食卓につき、いただきますを言いましょう。一人前のお膳を見て彼氏などいないことを思い出すかもしれませんが、ひるんではいけません。すこしほろ苦い味がするのは気のせいです。

メレ子

男「俺と一緒に手相の勉強しーよーうーぜー」

メレ子「やーだーよー」

謎の影「おい男!その手を離すのだ!」

メ「いや、今国家権力の手を借りるんでおかまいなく…」

謎「我ら桃色戦隊ヨッキューフマン!」

「ショッキングピンク」「サーモンピンク」「スモーキーピンク」「ローズピンク」「コーラルピンク」

メ「ごめん、ショッピン以外微妙すぎて見分けつかない」

サーモン「だまれ!フラストキーック!」

ショッピン「ちょ、必殺技を使う順序はこないだ決めたジャン。てか攻撃する相手違うジャン落ち着けって」

スモーキー「おいショッピン、テメエちょっと目立つからって気取んなよ!そもそも俺のサーモンに気安く触るんじゃないよ!」

サーモン「いつアタシがアンタのになったのよウザい」

ローズ「ちょっとサーモン先輩でも言っていい事と悪い事がありマスよ!?スモーキーさんはサーモン先輩のことを思って…」

メ「随分と内部関係がドロついてる様ですが」

男「キャッチコピーは『全員、片思い』だからな」

メ「わあいやなハチクロだなあ。まあ欲求不満の内容が少し見えて来たけど」

男「あと戦隊中でのポジション争いも加えて、彼らの欲求不満はまさに地獄の業火と化しているという訳じゃ」

コーラル「あんた随分と詳しいわね…さては」

男「フフフ、やっと気付いたか(バサッ)わたしは東京電力心理エネルギー部部長補佐、窓際日向!焼け付くようなフラストエネルギーを持ちながら仲が悪い為に有効利用出来ていないお前らをエネルギー源として搾取するためにやって来たのだー」

メ「自分、明日早いんでっていうか興味無いんでもう帰りますね」

窓際「あ、待って!すぐ終るからその後ネットリと手相の勉強でも」

メ「おまわりさーん」

メレ子

「俺この前バックパック一つでインドに行って来てさー、日本とはあらゆる意味でもう別天地な訳。交通ルール一つとっても違うのよ。日本ではクラクションって(中略)そういう所に行くとホント今までの価値観が崩されるっていうか、人として柔軟に(中略)…俺は本当にこのインド旅行で成長したと思う(結論)」
メレ子は着座十分にして座るべき席を間違えたことを悟った。鶏の軟骨唐揚げ苦虫和えを無表情に噛み潰す。今かの女の隣で武勇伝を滔々と披露し続ける男、こういう地球の歩き方野郎には全くろくな奴がいない。
(楽しむ為でなく成長する為に旅に出るとは旅に失礼であろうに。何が失礼って、そういう目的意識の奴に限って成長して帰って来た試しがない。要するに価値観を破壊される快感と漠然たる成長なるものを混同しているのである。そもそもいつから成長は自己申告制になったのか。宴会で隣り合わせただけの女に平凡な武勇伝を語るという自慰、要するに彼もまた楽しむ為に旅に出たのであり楽しむ以上のことはしていないのである。しかし馬鹿の自慰を手伝わされるのはちょう不快)メレ子が夢想に耽っている間、男は横顔で語る練習をしていた。横顔しか見せていないのでメレ子の冷めた表情や憎悪をこめておてもとを引き裂く指先は目に入らず、メレ子の「へーすごいね自動音声応答システム」は予想外の効果を上げていたが、かの女は悲劇的にも気付いていない。
メレ子が味覚以外の感覚を封鎖してから一時間が過ぎた。宴もタケナワという頃合である。仲の良い友人が陽気に乱入してきたので、メレ子も現世に戻り会話を楽しむことにした。男は武勇伝を中断されて憮然とするが、愛想良いメレ子を見て「なに何?メレちゃんて下ネタ平気なヒト?」と絡んできた。不自然に空いた沈黙に「俺も昔は結構やんちゃしたけどさー」と割り込む男。「やっぱり女はラテンだよね!」薄いエピソードが強引すぎる結論に着地するのを待ち、メレ子は吐き捨てた。
「今度は恥丘の歩き方かよ」

メレ子

メレ子は激怒した。必ず、この邪智暴虐のバトンを除かねばならぬと決意した。メレ子は、一介のはてなダイアラである。メレ子にはmixiの政治がわからぬ。空気を読まないコメントを付け、妄想日記に遊んで暮らして来た。けれどもリンク元に対しては、人一倍敏感であった。リンク元ime.nuの文字列を見つけたら舌噛むかも。
「見た人は必ずやるバトン」て。
メレ子は溢れる涙を隠さんと空を仰ぐ。この様な無法を許して良いものか。足あと付けた瞬間ヤることが決まってるなんて、それは貴方、ちょっとあんまりと云うものではないですか。そして嬉々としてこの様なバトンをこなしている人たちが居ることにも驚きを隠せないメレ子であった。「見たからヤっちゃいまーす」て。じゃあお前等は見た人は必ずやるバトン見ちゃったらどんなバトンにもどんな質問にも答えちゃうんですね。解りました。メレ子は蜜柑箱に載せたiMacG5のモニタを見つめながら不敵に笑うのだった。バトンが生まれる瞬間を見た事はない、それはまるでエルドラードか象の墓場の様だ。ではこのメレ子が夜のプライベシー的バトンを生み出してやるのだ。セックスバトンとかオナニーバトンとかはたまた小学校卒業文集バトン。恥ずかしいバトンをいっぱい作ってmixi及びはてな界を恐怖のずんどこに陥れてやるのだ。第一問:好きな体位は何ですか?メレ子は夜を徹して恥ずかしいバトンの数々を作成する作業に没頭した。バトンを記事に上げるには自ら答えなければならないが、普段から恥ずかしい記事ばかり書いているメレ子には些か苦にならない。
神をも恐れぬエントリうp数日後。蜜柑箱の上の麦茶にも手をつけず苛苛と爪を噛むメレ子。「誰も書いてない…」知り合い、マイミク、巡回ブログ群の誰も、一切の反応を見せていなかった。mixiはてなも鏡面のように凪いでいた。
そしてメレ子は、恐るべき結論に至らざるを得なかった。
「誰 も 読 ん で な い」

メレ子の恋はまだ始まってすらいない…つづく。